技術編では、分詞構文の訳し下ろしについても解説しました。分詞構文を訳し下ろせると、翻訳がぐっと楽になります。長文翻訳の必須技術なので、ぜひマスターしてください。
助動詞も的確に翻訳する必要があります。 また、受動態を能動として訳出できないと、妙な翻訳臭が残ります。
今回も、単に英文を翻訳するだけではなく、どのように考えながら翻訳していくか、丁寧に追っていきます。 翻訳中の注意点についても触れます。
課題文を順に翻訳していく中で、翻訳の基礎テクニックが実戦でそのまま使えると実感できるはずです。
この章の目次
- 課題文
- 最初のタイトルの翻訳
- mustと受動態、名詞句の読みほどき
- 分詞構文の訳し下ろし
- 2番目のタイトルの翻訳
- canと受動態、includingによる例示
- ここにも受動態
- to不定詞
- 完成した訳文
以降の文についても解説を執筆しています。順次公開していきますので、今しばらくお待ちください。
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ここでは以下の英文を翻訳します。 前回に続き、アメリカEERE (The Office of Energy Efficiency and Renewable Energy) が水素について解説している記事を取り上げます。 想定している読者は一般の人です。
Hydrogen Production and Distribution
Although abundant on earth as an element, hydrogen is almost always found as part of another compound, such as water (H2O) or methane (CH4), and it must be separated into pure hydrogen (H2) for use in fuel cell electric vehicles. Hydrogen fuel combines with oxygen from the air through a fuel cell, creating electricity and water through an electrochemical process.
Production
Hydrogen can be produced from diverse, domestic resources, including fossil fuels, biomass, and water electrolysis with electricity. The environmental impact and energy efficiency of hydrogen depends on how it is produced. Several projects are underway to decrease costs associated with hydrogen production.
出典: EERE > Alternative Fuels Data Center > Fuels & Vehicles > Hydrogen > Production & Distribution (https://afdc.energy.gov/fuels/hydrogen_production.html)
この英文を翻訳してみましょう。
最初のタイトルの翻訳
1行目はタイトルです。
(訳1) 水素の製造と流通
手順書きの翻訳でも触れましたが、タイトルは章や節の内容を代表する重要な箇所ですから、タイトルの訳が本文の内容を的確に反映していなければなりません。 今回の英文タイトルは意味を限定しやすいので、後回しにせずに翻訳してしまいます。
mustと受動態、名詞句の読みほどき
次の文に進みます。
文が長いので、少しずつ区切って見ていきます。
(原文2-2) hydrogen is almost always found as part of another compound, such as water (H2O) or methane (CH4),
(原文2-3) and it must be separated into pure hydrogen (H2) for use in fuel cell electric vehicles.
順に翻訳していきます。
(訳2-1) 元素としては地球上に豊富に存在しますが、
主語は主節 (原文2-2) にあります。ここでは主語なしのまま翻訳しておき、主節の翻訳後に文としてまとめることにします。
(訳2-2-1) 水素は、ほとんどの場合、水 (H2O) やメタン (CH4) など別の化合物の一部として見つかり、
foundは確かに「見つかる」という意味ですが、外部から観察する視点をあえて加える必要があるでしょうか。ここでは単に「存在する」程度の意味に翻訳しましょう。
such as ...は例示の表現です。前に置いて「……など別の化合物」と翻訳することも、後に置いて「別の化合物 (……など)」と翻訳することもできます。
「……など」を前に置くと、文のつながりがなめらかに感じられますが、「……など」が長い、つまり修飾句が長いと、読者が頭の中で意味のまとまりを作りにくくなってしまいます。
後に置くと、括弧書きで文が分断されますが、「……など」が何を説明 (修飾) しているかが明確になります。
「……など」を前に置くか後に置くかはそれぞれ一長一短があります。どちらが読みやすいか検討して使い分ける必要があります。今回の翻訳ではどちらでもよいでしょう。
(訳2-2-3) ほとんどの場合、水素は、別の化合物 (水H2OやメタンCH4など) の一部として存在し、
最後の部分を翻訳します。
(訳2-3-1) 燃料電池電気自動車での利用のためには、純粋な水素 (H2) に分離されなければなりません。
助動詞mustが出てきました。同時に受動態も使われています。
助動詞の翻訳で解説したとおり、mustは「……しなければならない」「……する必要がある」と翻訳します。具体的な翻訳例については「must」を参照してください。
受動態の翻訳で解説したとおり、この受動態は能動として翻訳します。つまり「itがpure hydrogenにseparateされる」ではなく「itをpure hydrogenにseparateする」と翻訳します。
for use in fuel cell electric vehiclesを翻訳するときに、名詞句のまま「……での利用のために」と翻訳すると「……の……の」と訳文が苦しくなってしまいます。名詞句を動詞として読みほどいて翻訳しましょう。つまり、英語では名詞句 (for use in fuel cell electric vehicles) で書いてあっても、動詞であるかのように読み替えて (to use in fuel cell electric vehicles)、日本語では動詞「利用する」として訳出します。名詞から動詞への変換について詳しくは「名詞から動詞への変換 — 動作を表す名詞」で解説しています。
以上の点を踏まえると、最後の部分 (原文2-3) は以下のように翻訳できます。
最後に、それぞれの訳をまとめます。
(原文2-1 再掲) Although abundant on earth as an element,
(原文2-2 再掲) hydrogen is almost always found as part of another compound, such as water (H2O) or methane (CH4),
(原文2-3 再掲) and it must be separated into pure hydrogen (H2) for use in fuel cell electric vehicles.
(訳2-1 再掲) 元素としては地球上に豊富に存在しますが、
(訳2-2-2 再掲) ほとんどの場合、水素は、水 (H2O) やメタン (CH4) など別の化合物の一部として存在し、
(訳2-3-2 再掲) 燃料電池電気自動車で利用するには純粋な水素 (H2) に分離する必要があります。
1文にまとめるにあたって、何の話か分かるように、主題「水素は」(原文2-2の主語hydrogen) を前に出します。
元素としては地球上に豊富に存在しますが、
ほとんどの場合、水 (H2O) やメタン (CH4) など別の化合物の一部として存在し、
燃料電池電気自動車で利用するには純粋な水素 (H2) に分離する必要があります。
少し表現を調整しましょう。
- 読点でブツブツに切れてしまう印象があるので、ブツ切れ感を弱めます。
- 「存在する」が繰り返されてくどいので、表現を変更します。
以上の調整を加えると、最終的な訳文は以下のようになります。
やや高度な議論
for use in fuel cell electric vehiclesは訳し下ろすこともできます。
訳し下ろしの要領は、以前にfor widespread use in ...を訳し下ろしたときと同じです。
原文2-3を前半と後半に分けて考えます。
(原文2-3-1) be separated into pure hydrogen (H2)
(訳2-3-1-1) 純粋な水素 (H2) に分離する
(原文2-3-2) for use in fuel cell electric vehicles.
(訳2-3-2-1) 燃料電池電気自動車で利用する
前半と後半の訳をつなぎます。
be separated into ...とfor use in ...の関係に注意する必要があります。 mustがあることから、日本語では「……分離しなければ」と否定の条件で始めることになります。 このとき、分離することは利用することの前提条件であり、分離しなければ利用できません。つまり、mustの後に続く結果や目標 (to不定詞、分詞構文、for、beforeなど) を訳し下ろすときは「……しなければ……できない」となります。
and it must be separated ...より前の訳とまとめると、以下のようになります。
比較的短い文ではfor ...を訳し下ろした効果を感じられないかもしれませんが、長文を翻訳するときには劇的な効果が表れます。ぜひ訳し下ろしをマスターしてください。
分詞構文の訳し下ろし
次の文に進みます。
まず英文の構造を分析します。creating ...が分詞構文であることが分かります。分詞構文は、分詞の位置で2文に切って訳し下ろすのでした。この原則に従ってそれぞれの部分を翻訳します。
(原文3-2) creating electricity and water through an electrochemical process.
訳文を掲載する前に、注意点に触れておきます。
fromを見ると「……から」と翻訳したくなる人も多いようです。「……から」と翻訳するとoxygen from the airが「大気からの酸素」になりますが、普通はそんな言い方をしません。このfromは出所を表しています。つまり「○○にある○○」「○○にあった○○」という意味です。fromが所在を表すことがあると覚えておきましょう。
(訳3-2) 電気化学過程を経て電気と水を生成します。
各部の訳をつなげば訳文が完成します。
2番目のタイトルの翻訳
ここまでで段落が終わり、新しい見出しが掲げられています。
(訳4) 製造
このタイトルも意味を限定しやすいので、後回しにせずに翻訳してしまいます。
canと受動態、includingによる例示
次の文に進みます。
ここでは助動詞canと受動態が同時に使われています。先ほど翻訳した、mustと受動態が複合した文と同じ要領で翻訳します。
このcanは可能を表していますから、canを翻訳するときの原則に従って「……できる」と翻訳します。
be producedについては、受動態の翻訳で解説したとおり、能動として翻訳します。つまり「hydrogenがproduceされる」ではなく「hydrogenをproduceする」と翻訳します。canと組み合わせると「水素は……から製造できます」と翻訳することになります。「水素は……から製造されることができます」とは翻訳しません。
includingは「含む」ことを意味しています。何が何を含むかというと、ここではdiverse, domestic resourcesがfossil fuels, biomass, and water electrolysis with electricityを含んでいます。
このとき、includingをそのまま「含む」と翻訳してしまうと、いかにも直訳という印象の訳文になってしまいます。このincludingは、diverse, domestic resourcesが何であるかを、具体例を示して説明しているのです。一種の例示表現であり、such as ...と似ています。「……など」と翻訳すると、自然な日本語訳になります。
別の言い方をすれば、日本語の「……など」を英語に翻訳するときにetc.やand so onなどとは書かないということです。
注: ただし、法的権利の範囲にかかわる場合 (契約書や特許明細書など) の場合は、訴訟になったときに権利の範囲が例示範囲に限ると解釈されてしまうのを避けるために、意図的に「……を含む」と翻訳することがあります。
さて、このincludingで例示されているresourcesの中にwater electrolysisなるものが出てきます。辞書などで調べると、water electrolysisに対して「水電解」という用語が見つかります。見慣れない用語ですね。確かにそのような用語もあり、誤訳ではないのですが、今回の文は一般の読者を対象としており、一般の読者にとって「水電解」という用語は分かりにくいと感じます。ここでは「水の電気分解」と翻訳することにします。
domesticは、以前の翻訳 (関係代名詞の訳し下ろし) にもdiverse domestic resourcesという形で出てきました。今回も、アメリカで書かれた文であることを踏まえて、アメリカ産であることが分かるように翻訳しましょう。
以上の点を踏まえて翻訳すると、以下のようになります。
受動態を受動のまま翻訳し、includingを「含む」と翻訳した例と比較してみてください。
翻訳テクニックを知らないと訳5-2のように翻訳してしまいますが、少しテクニックを学ぶだけで、訳文を大きく改善できます。
ここにも受動態
次の文に進みます。
何ということのなさそうな英文ですが、ここにも受動態があります。この受動態も能動として翻訳します。つまり、 (訳6-1) 水素の環境影響やエネルギー効率は、それがどのように製造されるかによって異なります。 ではなく (訳6-2) ……は、それをどのように製造するかによって異なります。 と考えます。
ただし、原文ではitと軽く述べているだけですから、ことさらに「それ」と訳出する必要はありません。シンプルに以下のように翻訳できます。
to不定詞
いよいよ最後の文です。
後半にto不定詞が出てきます。このto不定詞は、訳し下ろせるでしょうか。それとも、目的と解釈して訳し上げるべきでしょうか。
原文からは、decrease costsがまだ道半ばだと読み取れます。道半ばなら、結果と解釈するより、目的と解釈する方が自然に翻訳できるでしょう。
assiciatedは「関連した」という意味ですし、「関連するコスト」という言い方もありますが、「伴う」の方がよいでしょう。
必然的にassociateするわけですから「水素の製造に必要なコスト」と翻訳するのもよいですね。
完成した訳文
以上で翻訳が完了しました。
ここまで、翻訳の基礎テクニックを適用して訳文を作ってきました。 まずは、翻訳の初心者が作りがちな訳文を掲載します。もちろん悪い見本です。
(初心者が作りがちな訳文)
水素の基礎
水素の製造と流通
水素は、元素としては地球上に豊富に存在しますが、 ほとんどの場合、水 (H2O) やメタン (CH4) など別の化合物の一部として見つかり、燃料電池電気自動車での利用のためには、純粋な水素 (H2) に分離されなければなりません。水素燃料は、電気化学過程を経て電気と水を生成しながら、燃料電池を通過して大気からの酸素と結合します。
製造
水素は、化石燃料、バイオマス、および電力による水電解を含む、アメリカ国内のさまざまな資源から製造されることができます。水素の環境影響やエネルギー効率は、それがどのように製造されるかによって異なります。水素の製造に関連したコストを低減するために、いくつかのプロジェクトが進行しています。
続いて、各種の翻訳テクニックを適用して作った訳文です。
(翻訳の基礎テクニックを適用した訳文)
水素の概要
水素の製造と流通
水素は、元素としては地球上に豊富に存在しますが、ほとんどの場合は水 (H2O) やメタン (CH4) など別の化合物の一部になっており、純粋な水素 (H2) に分離しなければ燃料電池電気自動車で利用できません。水素燃料は、燃料電池を通過して大気中の酸素と結合し、電気化学過程を経て電気と水を生成します。
製造
水素は、化石燃料、バイオマス、電力による水の電気分解など、アメリカ国内のさまざまな資源から製造できます。水素の環境影響やエネルギー効率は製造方法によって異なります。水素の製造に伴うコストを低減するために、いくつかのプロジェクトが進行しています。
分詞構文のさばき方を知らないと、訳文がめちゃくちゃになってしまいます。逆に、分詞構文の翻訳方法を知っていれば、何の苦労もなく、さっと訳し下ろすことができます。
また、教科書の英語と違って、生の英文には受動態もよく出てきます。的確に翻訳できるようになりましょう。