この章では受動態の翻訳方法について説明します。 この章は難しいので、分かりにくい場合はキーポイントの簡便法を覚えてください。
- 受動態の行為者 (by ...) が視点と同じ受動態は能動として翻訳する。
(×) ……が……される → (○) ……を……する
【簡便法】
受動態の行為者 (by ...) が読者の場合は能動として翻訳する - 読者の行為と結び付かない受動態は「……されている」と翻訳する
この章の目次
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技術文書では受動態が頻繁に使用されます。
PerlスクリプトはPerlインタプリタによって実行されます。
エラー メッセージは [Messages] ウィンドウに表示されます。
中学校や高校では、受動態be doneを「doneされる」と翻訳するように教えられます。
では、以下の文も同じように翻訳できるでしょうか。
「Use the Saved Password field」と命令文になっていることから分かるように、このフィールドを使用するのは読者です。この命令文は、命令文の翻訳技術に従って「……を使用します」と翻訳しました。この訳文は読者の視点から見た訳文になっています。
これに対し、次の文「if no password is specified here」を受動態のまま「ここにパスワードが指定されない場合は」と翻訳することはできません。前半の文から分かるように、パスワードを指定するのは読者ですが (no password is specified by you)、「指定されない」という受動態は読者の視点から見た訳文ではなく、パスワードの視点から見た訳文になっています。前半を読者の視点に立って翻訳し、後半をパスワードの視点に立って翻訳すると、前半と後半で異なる視点の訳文が混在し、全体としてちぐはぐな訳文になってしまいます。
パスワードを指定するのは読者ですから、視点を統一するには後半の文を以下のように翻訳しなければなりません。
その後に続く「the password is required」は正しく翻訳できているでしょうか。先行する文を読者の視点から翻訳してきたので、この文も読者の視点に立って翻訳しなければなりません。「パスワードが要求されます」という訳文は読者の視点に立っているので、視点の問題はありません。最終的な訳文は以下のようになります。
以上の検討から分かるように、受動態の英文を日本語に翻訳する場合は以下の点に注意しなければなりません。
受動態の行為者 (by ...) が視点と同じ受動態は能動として翻訳する
(×) ……が……される → (○) ……を……する
少し難しいので、翻訳に慣れない頃は以下の簡便法を使用しても構いません。
【簡便法】
受動態の行為者 (by ...) が読者の場合は能動として翻訳する
なお、上記の例文
If no password is specified here, the password is required each time you log in to the system.
を以下のように翻訳した場合のニュアンスの違いについては、「状態を表す受動態」を参照してください。
ここにパスワードが指定されていない場合は……
ここにパスワードを指定していない場合は……
別の例を見てみます。ある文書作成ソフトのマニュアルに以下の説明があるとします。
この文にある受動態を以下に示します。この文にはnamed Untitledやnewly createdという句がありますが、これらの句も受け身の意味を担っているので、受動態と同様に考えます。
- a document named Untitled
- newly created documents
- they are saved
これらの受動態をすべて「……が……される」と翻訳すると以下のようになります。
この訳し方でよいかどうか検討していきましょう。
最初の文「Click New... from the File menu」が命令文になっていることから分かるように、ここで説明している操作を行うのは読者です。この命令文は、命令文の翻訳技術に従って「……をクリックします」と翻訳しました。この訳文は読者の視点から見た訳文になっています。 これ以降の訳文も読者の視点で統一することにします。
- a document named Untitled
- 検討するポイント: 文書に名前を付ける (name) のは誰か?
後半の文から分かるように、保存前には名前がありません。 また、例文では文書に名前を付けるための操作が示されていないので、ユーザ (読者) が名前を付けるとは考えられません。 最初の名前を付けるのは文書作成ソフトと考えるのが自然です (a document is named by the word processor)。
受動態の行為者 (by the word processor) と視点 (読者) が異なるので「……が……される」と翻訳します。 訳文は以下のようになります。
Untitledという名前が付けられた文書が開きます - newly created documents
- 検討するポイント: 文書を作成する (create) のは誰か?
新規文書の作成を指示するのは読者です。 その指示を受けて実際に作成処理を行うのは文書作成ソフトです。
文書作成ソフトはユーザ (読者) の指示に従って動くだけなので、文書を作成するのは読者と考えます (documents are newly created by you)。
受動態の行為者 (by you) が視点 (読者) と同じなので「……を……する」と翻訳します。 訳文は以下のようになります。
新規に作成した文書には、 - they are saved
- 検討するポイント: 文書を保存する (save) のは誰か?
文書の保存を指示するのは読者です。 その指示を受けて実際に保存処理を行うのは文書作成ソフトです。
文書作成ソフトはユーザ (読者) の指示に従って動くだけなので、文書を保存するのは読者と考えます (they are saved by you)。 受動態の行為者 (by you) が視点 (読者) と同じなので「……を……する」と翻訳します。 訳文は以下のようになります。
保存するまで名前が付きません
以上をまとめると、最終的に以下の訳文を得ることができます (比較のために原文を再掲しました)。
別の視点に立った受動態の翻訳
※ この節の内容は難しいので、翻訳に慣れない頃はこの節を省略し、キーポイントの簡便法を覚えるだけでも十分です。
一方、文書作成ソフトの仕組みを説明している場合はどのように翻訳すべきでしょうか。先ほどの例文から最後の文のみを取り出してみます。
この文が文書作成ソフトの仕組みについて説明しているとします。 このため、翻訳時には文書作成ソフトの視点に立って翻訳する必要があります。
- newly created documents
- 検討するポイント: 文書を作成する (create) のは誰か?
新規文書の作成を指示するのはユーザです。 その指示を受けて実際に作成処理を行うのは文書作成ソフトです。
文書作成ソフトはユーザの指示に従って動くだけなので、文書を作成するのはユーザと考えます (documents are newly created by a user)。 受動態の行為者 (by a user) が視点 (文書作成ソフト) と異なるので「……が……される」と翻訳します。 訳文は以下のようになります。
新規に作成された文書には、 - they are saved
- 検討するポイント: 文書を保存する (save) のは誰か?
文書の保存を指示するのはユーザです。 その指示を受けて実際に保存処理を行うのは文書作成ソフトです。
文書作成ソフトはユーザの指示に従って動くだけなので、文書を保存するのはユーザと考えます (they are saved by a user)。 受動態の行為者 (by a user) が視点 (文書作成ソフト) と異なるので「……が……される」と翻訳します。 訳文は以下のようになります。
保存されるまで名前が付きません
以上をまとめると、最終的に以下の訳文を得ることができます (比較のために原文を再掲しました)。
新規に作成された文書には、保存されるまで名前が付きません。
状態を表す受動態
受動態の基本的な訳し方として、以下のように翻訳しました。
ここにパスワードが指定されない場合は……
ここにパスワードを指定しない場合は……
ここで、以下のように翻訳した場合について考えてみます。
ここにパスワードが指定されていない場合は……
それぞれの訳文は以下のようなニュアンスを含みます。
- ここにパスワードを指定していない場合は……
- 読者が既にパスワードを指定済みであるというニュアンスを帯びます。
- ここにパスワードが指定されていない場合は……
- パスワードが既に指定済みかどうかについて客観的に述べるニュアンスを帯びます。パスワードの指定は、読者が以前に行った、自動的に行われた、などが考えられますが、誰が行ったかに無関係に現在指定済みであることに重点を置いた表現です。
この検討から分かるように、読者の行為と結び付かない場合は受動態のまま「……されている」と翻訳します。
読者の行為と結び付かない受動態は「……されている」と翻訳する
(×) ……が……される
(×) ……を……する
(○) ……が……されている