翻訳テクニック集 目次

a set ofの類似表現

a set of ...には、よく似た集合の表現があります。いくつか例を示します。

a bunch of disks

ディスク群、一連のディスク

a collection of computers

コンピュータ群、一連のコンピュータ

ただし、注意が必要な場合もあります。groupが集合を意味するだけでなく、ひとまとめにしたもの自体が特定の概念を構成する場合は、その概念を明示的に訳出する必要があります。

例えば、a group of IP addressesのgroupが単に集合を表している場合は「一連のIPアドレス」と翻訳できます。しかし、複数のIPアドレスをひとまとめにして特定のグループを構成する場合は、groupを明示的に訳出して「IPアドレスのグループ」と翻訳する必要があります。

a batch of dataも同様です。「データのバッチ」では意味不明です。batchが単に集合を表している場合は「一連のデータ」や「データ群」と翻訳するのが適切です。しかし、batchがバッチ処理の意味も帯びている場合は、batchを明示的に訳出して「一連のバッチ データ」とすると意味が明確になります。逆に、batchがバッチ処理の意味を持たない場合に「バッチ」と訳出すると妙な訳文になってしまいます。前後の文脈を押さえる必要があります。英語では同じbatchであるにもかかわらず日本語で訳し分けなければならないのは面倒にも思えますが、英語と日本語の単語を一対一で対応づけられない以上、仕方がありません。

形容詞を伴う場合

技術翻訳では集合を表すsetをよく見ますが、このsetはa set of ...という表現のほか、形容詞を伴って使用されることもあります。

The cp command is used to copy files and directories. The full set of command line arguments is shown below.

-a archives files.
-f forcefully copies files by removing the destination files if needed.
-i interactively copies files.
-l links files instead of copying them.
...

上の例に示したthe full set of ...は、複数あるコマンド ライン引数の完全な (full) 集合 (set)、つまり引数を網羅したもの、という意味です。しかし、full setを「完全な集合」と直訳しても妙な訳文になってしまいます。

The full set of command line arguments is shown below.

コマンド ライン引数の完全な集合を以下に示します。

setの訳を変更してカタカナで「セット」としてみたところで、結果は変わりません。

コマンド ライン引数の完全なセットを以下に示します。

やはり、日本語では集合という捉え方をしないのですね。低料金の翻訳なら上記の訳文で十分ですが、日本語の読みやすさを重視する場合はここで妥協するわけにいきません。

補足: この訳文の違和感が強い理由として、もうひとつ、日本語ではめったに「完全な」と言わないことが挙げられます。この点については別項で解説します (「full text」および「完全な複製?」を参照してください) 。

せっかく今までsetの訳を工夫してきたのですから、そこで編み出した「……群」や「一連の……」という訳し方を当てはめてみましょう。

完全なコマンド ライン引数群を以下に示します。

完全な一連のコマンド ライン引数を以下に示します。

なんだか収まりがよくありません。「一連の……」は訳が破綻しています。「……群」のほうがまだましですが、少々難ありです。原因は、日本語の「……群」や「一連の……」が形容詞となじまないためです。fullとsetを別々に翻訳してくっつけるのは無理があるようです。

視点を変えましょう。

このfullは「余すところなく」という意味ですから、その意味を反映する日本語を引っ張ってきます。

すべてのコマンド ライン引数を以下に示します。

以前と比べてずっと読みやすく、分かりやすくなりました。前後の訳文と組み合わせてみましょう。

cpコマンドはファイルやディレクトリのコピーに使用します。すべてのコマンド ライン引数を以下に示します。

-a ファイルをアーカイブする。
...

いかがでしょうか。訳文からずいぶんトゲが抜けました。かなりいい線まで追い込めた手ごたえがあります。それでも、まだ違和感が残ります。日本語では「すべての……を示します」という言い方をほとんどしないのです。自然な日本語訳を追求する場合は別の表現を工夫する必要がありそうです。あと一息。

ぴったりの訳語を探す

ここまで検討してきて、押さえるべきポイントが明確になっています。(1) 日本語では集合を意識しないこと、(2) 形容詞 (ここではfull) が表す内容に応じた訳語を探し出す必要があること、です。

すべて列挙したものなら「一覧」という訳語がぴったりです。私はこんなふうに翻訳します。

cpコマンドはファイルやディレクトリのコピーに使用します。コマンド ライン引数の一覧を以下に示します。

-a ファイルをアーカイブする。
...

「一覧」という単語について国語辞典では以下のように説明されています。

いちらん【一覧】
[名](スル)
1 ひととおり目を通すこと。「書類を―する」
2 全体の内容がわかるように簡明に記したもの。一覧表。「品目―」
(デジタル大辞泉より引用)

一覧は「全体の内容がわかる」とされていますから、「一覧」という訳語はfull setの意味を十分に反映しています。後に続くコマンド ライン引数の箇条書きも「簡明に記したもの」にぴったり合致します。

文として訳出する必要がないなら、見出しとして訳出してしまうのも一法です。

cpコマンドはファイルやディレクトリのコピーに使用します。

コマンド ライン引数の一覧:
-a ファイルをアーカイブする。
...

そもそもsetを訳出する必要があるか

クライアント (翻訳の依頼主) が厳密な英日対応にこだわっていない場合は、full setそのものを訳文から省略することもできます。そもそも日本語では集合を意識しないからです。full setを省略してしまう方が日本語訳がすっきりして読みやすく、分かりやすくなります。

cpコマンドはファイルやディレクトリのコピーに使用します。コマンド ライン引数は以下のとおりです。

-a ファイルをアーカイブする。
...

このあたりのさじ加減は、クライアントの意向を探りながら微調整します。

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