翻訳テクニック集 目次

不要な使役と受け身の複合

何気なく使われる不要な受け身不要な使役によって文が回りくどくなり、表現がぼやけることを見てきました。

受け身は乱用される傾向があり、日常的に多くの事例が見つかります。

(文4-1) 工具は壁に整然と掛けられていた。壁にはそれぞれの工具の輪郭が描かれており、どの工具をどの場所に保管するかが一目で分かる。その方式に、なるほど、とうなずかされた。

最初の「工具は……掛けられていた」は受け身ですが、この受け身は妥当でしょうか。

受け身を使わなければ「工具を壁に整然と掛けていた」となりますが、このように書くと、誰が工具を掛けたか気になります。誰が掛けたか意識しない場合は、自動詞か受け身を使うのが自然です。自動詞を使えば「工具は……掛かっていた」になります。ただし、この文脈では工員の行為に焦点を当てているので、受け身で書いても不自然ではありません。最初の「工具は……掛けられていた」は受け身で適切です。

次の「輪郭が描かれており」も同様に、誰が描いたか意識していないので、受け身で適切です。

では、3番目の受け身「うなずかされた」はどうでしょうか。「うなずかされた」などと言われると、筆者が相手に頭をつかまれて無理やり首を押し下げられた場面を想像してしまいます。

「うなずかされた」の構造は「驚かされた」よりも複雑です。 うなずく (自動詞) + せる (使役) + られる (受け身) + た (過去)

ここは、とりたてて「させられる」と書く必要はありません。

(文4-2) 工具は壁に整然と掛けられていた。壁にはそれぞれの工具の輪郭が描かれており、どの工具をどの場所に保管するかが一目で分かる。その方式に、なるほど、とうなずいた。
(文4-3) 工具は壁に整然と掛かっていた。壁にはそれぞれの工具の輪郭が描かれており、どの工具をどの場所に保管するかが一目で分かる。その方式に、なるほど、とうなずいた。

受け身を使わずに書けば、書き手が感心した様子がまっすぐに伝わります。

もう一つ、似た例を挙げましょう。

(文5-1) 実際の画面を見せてもらい、「なるほど」と感心させられた。

ここでも使役と受け身を使って「感心させられた」と書いていますが (感心する+せる+られる+た)、使役も受け身も必要ありません。文の前半「実際の画面を見せてもらい」では書き手の視点で語っています。後半も、その視点をそのまま引き継げば素直な文章になります。

(文5-2) 実際の画面を見せてもらい、「なるほど」と感心した。

繰り返しますが、無駄な言葉を削ることで、力強く生き生きした表現になります。「何となく」で書く文章ほどいい加減なものはありません。

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