翻訳テクニック集 目次

抽象名詞を避ける

文章を簡潔に書くと、文章の伝える力が増します。

文章を書くときに、つい癖でこんな文章を書いてしまうことがあります。

(文1-1) 日を追うごとに寒さが増してきました。

日常的によく見かける表現です。しかし、十分に考えて組み立てた文か、いつもの癖でこのように書いただけかで、ずいぶん様相は異なります。

文1-1には、まわりくどい表現があります。「寒さが増す」と書いてありますが、人間は寒さを知覚した上で、それが増していると認識するでしょうか。違うはずです。まず「寒くなった」と感じ、そこから「寒さ」という抽象概念を抽出するはずです。最初に「寒さ」を知覚するわけではないのです。

この認識の流れをそのまま書けば 寒さが増してきました
→寒くなってきました
となります。文1-1を書き換えてみましょう。

(文1-1) 日を追うごとに寒さが増してきました。

(文1-2) 日を追うごとに寒くなってきました。

文1-1よりも文1-2のほうが表現が力強いことが分かります。

前半の「日を追う」も抽象的な表現です。直接的に書けば「日ごとに」「日増しに」となるでしょう。

(文1-1) 日を追うごとに寒さが増してきました。

(文1-3) 日ごとに寒くなってきました。

無駄を省くことで、伝えたい内容が明確になりました。

極限まで無駄を省いて最小限の表現で書くと、文の骨格が浮かび上がります。私は、この最小限の書き方をミニマル ライティングと呼んでいます。この最小限の文 (上記では文1-3) を基準にして他の表現 (文1-1や文1-2) と比較すると、それぞれの表現にどのような効果があるかが分かりやすくなります。

最小限の文は、絵画でいえばデッサンのようなものです。人体を正確に描けずに、装飾たっぷりの服を着た人物を正確に描けるはずはありません。巨匠ダ・ビンチも膨大なデッサンを残しています。文章をあれこれ工夫する前に、まずシンプルな文を書いて、文の骨組みを検討しましょう。

さて、不要な使役表現の項で取り上げた例文にも抽象的な表現があります。例文を再掲します (文番号は振り直しました)。

(文2-1) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度に大きな差を生じさせているのではないか。

→(文2-2) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度に大きな差が生じているのではないか。

ただし、この状態ではまだ無駄な言葉が残っています。

この文の「生じる」は重要な意味を担っていません。伝えたいのは、作業員によってコンクリートの強度にばらつきがあることです。決して何かが生じていることを伝えたいのではありません。

ここでも、人間が物事をどのように捉えるか考えると分かりやすくなります。文2-2では、認識の流れが 作業員によってコンクリートの強度が異なる
→ その事実を私が知る
→ 強度が異なることを「強度の差」と認識する
となっています。決して、強度の差という抽象的な概念を先に認識するのではなく、強度が異なるという事実を認識してから、強度の差という抽象的な概念を取り出すのです。

注: ここの「強度」は土木工学の専門の概念であるため、そのまま「強度」とします。

文章に書く場合も同じで、抽象的な表現よりも具体的な表現のほうが素直です。素直な表現は分かりやすく、読みやすく、伝わりやすい表現です。先ほどの文2-2のうち、抽象的な表現を具体的な表現に改めれば、以下のようになります。

作業員によってコンクリートの強度に大きな差が生じている
→ 作業員によってコンクリートの強度が大きく異なる

具体的に書いたことで、文も短く、力強くなりました。文全体を比較しましょう。

(文2-2) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度に大きな差が生じているのではないか。

→(文2-3) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度が大きく異なるのではないか。

最初の文 (文2-1) と比較すると、差が歴然とします。

(文2-1) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度に大きな差を生じさせているのではないか。

→(文2-3) 現状では現場の作業員が個別に考えて実行しているに過ぎないため、作業員によってコンクリートの強度が大きく異なるのではないか。

ずっと分かりやすく、読みやすく、訴える力が強くなっていることが分かります。

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