翻訳テクニック集 目次

actionable

以前、翻訳中にactionableという単語が出てきました。以下のような文でした (実際に翻訳した英文の特徴を残しつつ、内容は大きく変えてあります)。

(文1) System Monitor Tool provides IT administrators with system operating status and actionable information.

actionに-ableが付いて、actionが可能であることを表しています。それだけの単語ですが、日本語に翻訳しにくい言葉です。

辞書ではどのように説明されているでしょうか。オンライン版のプログレッシブ英和中辞典 (第4版) でactionableを引くと、以下のように説明されています。

1 ((叙述))〈言葉・行為などが〉提訴の理由になり得る
A slander is actionable.
名誉毀損 (きそん) は訴えることができる.
2 訴訟を受けるべき [免れない].
3 ((通例限定))〈計画などが〉実行できる;〈情報などが〉利用できる.

上記の例文の場合は3の意味が近そうですが、「利用できる」という解釈では意味をなしません。

(訳1-1) (?) System Monitor Toolは、IT管理者に、システムの動作状態と利用できる情報を提供します。

利用できない情報を提供するツールなんて無意味です。ツールが提供する情報は利用できて当然です。また、「利用できる」という言葉のイメージはavailable to useであり、actionが可能かどうかという視点とは違う気がします。

大手出版社の辞書に適切な訳語がない場合に英辞郎を使う人も多いでしょう (私は基本的に使いませんが)。試しに「英辞郎on the WEB」を引いてみると、以下のように記載されています。

1. 《法律》起訴できる
2. すぐに使用[実施]可能な

しかし、「すぐに使用可能」という言葉のイメージはready to useであり、これもactionが可能かどうかという視点とは違います。

そもそもactionableはどういう意味なのでしょうか。こんなときに一番頼りになるのが英英辞典です。Merriam-Webster Onlineには以下の語義が載っています。

1: subject to or affording ground for an action or suit at law
2: capable of being acted on ・ actionable information

冒頭に掲げた例文ではactionableを2の意味で使っています。例文もそのものズバリ、actionable informationです。actionableの意味がcapable of being acted onですから、actionable informationは「informationがあり、そのinformationに基づいて行動できる」ことを表しています。

Merriam-Webster Onlineの画面を下にスクロールすると、「ACTIONABLE Defined for English Language Learners」として学習者向けの説明も載っています。

law: giving a reason to bring an action or a lawsuit against someone
: able to be used as a basis or reason for doing something

こちらの説明のほうが分かりやすいでしょう。actionableとは、何かを行うための (for doing something) 根拠として (as a basis or reason) 使える (able to be used) ことなのです。

ちなみに、私が大学生の頃に買った紙のMerriam-Webster's Collegiate Dictionary Tenth Editionには1の語義しか載っていません。2の用法は比較的新しいようです。

新しい用法であれば、念のために他の辞書にも当たる必要があります。Oxford Dictionaryも引いてみましょう。こちらはイギリスの辞書です。以下のように説明されています。

1 Law
Giving sufficient reason to take legal action.
'an actionable assertion'
2 Able to be done or acted on; having practical value.
'insightful and actionable information on the effect advertising is having on your brand'

Oxford Dictionaryでも語義はほとんど同じですが、ほかにhaving practical valueという語義も掲載しています。しかし、practicalでない情報を提供するツールは無意味ですから、冒頭の例文にあるactionableをhaving practical valueと解釈するには無理があります。やはりable to be done or acted onと解釈すべきです。

英英辞典を引いてactionableの意味がはっきりしました。いよいよ訳語を検討していきます。英和辞典にあった「利用できる」や「すぐに使用可能」という訳は妥当でしょうか。

先ほど見たように、actionableの意味は、行動の根拠として使えることです。「利用できる」(available to use) や「すぐに使用可能」(ready to use) という解釈とはずいぶん違います。「すぐに使用可能」という訳は、使用するために時間や手間がかかるかどうかに焦点を当てています。しかし、actionableで着目しているのは時間や手間ではありません。行動の根拠になるかどうかなのです。「利用できる」という訳も、行動の根拠になるかどうかに着目していない点で不適切です。

以上の検討を踏まえて、actionableの訳を考えていきましょう。

例文を再掲します。

(文1) System Monitor Tool provides IT administrators with system operating status and actionable information.

このような文は、Webサイトでの製品説明やマニュアルのintroductionによく出てきます。上記の例文は、表面的にはSystem Monitor Toolの機能について説明していますが、単に機能を紹介しているだけではありません。actionableという単語から分かるように、この機能は人間によるactionにつながっています。この文は、製品が (その製品に組み込まれたSystem Monitor Toolを使うことで) ITシステムの管理に役立ち、ビジネスに貢献することを訴えているのです。

actionableの意味は、行動の根拠として使えることです。行動の根拠として使えることをビジネスの場面にふさわしく言い換えれば、意思決定の根拠になるということです。

System Monitor Toolは、システムの動作状態など、意思決定の基になる情報をIT管理者に提供します。
→ (訳1-2) System Monitor Toolは、システムの動作状態など、意思決定に直結する情報をIT管理者に提供します。
→ (訳1-3) System Monitor Toolは、システムの動作状態など、意思決定に必要な情報をIT管理者に提供します。

原文ではsystem operating status and actionable informationですが、system operating statusがactionableでないとは考えられないので、system operating statusもactionable informationに含むと見なして翻訳しました。また、actionableは意思決定の根拠になるという意味ですが、「意思決定の基になる」、「意思決定に役立つ」、「意思決定を支援する」などでは製品をアピールする力が弱いので、「意思決定に直結する」と訳出しています。訳1-3では、さらに一歩踏み込んで「意思決定に必要な」と訳出しています。

「意思決定」という訳でよいか迷う人もいるかもしれませんが、American Heritage dicionaryではactionableを以下のように説明しています。

1. Giving cause for legal action: an actionable statement.
2. Relating to or being information that allows a decision to be made or action to be taken.
3. Capable of being put into practice: proposed several actionable measures to reduce the federal deficit.

今回の例文は語義2の用法であり、はっきりとallows a decision to be made or action to be takenと書いています。この語義からも、意思決定に着目した翻訳でよいことが分かります。

これでactionableの訳が決まりました。ただし、provideをそのまま「提供」と翻訳しては単語を置き換えただけになってしまいます。「provide」の項で説明しているように、英語では当たり前のようにモノ中心の視点で語りますが、日本語でモノ中心の視点で語ることはありません。英語から日本語に翻訳するときには、モノ中心の視点から人中心の視点に書き換えると自然な日本語訳になります。

このツールの画面に各種の情報が表示されるなら「System Monitor Toolに……が表示される」と翻訳できます。このツールによって何らかのレポート ファイルが生成されるなら「報告 (レポート) される」と翻訳できます。情報の出力先が分からない場合は「出力される」と翻訳すれば安全です。文1だけでは情報の出力先が分かりませんが、他の箇所でこのツールは画面に情報を表示すると説明されていたので、「表示される」を採用することにします。

しかし、provideを「表示される」と翻訳すると、IT administratorsが浮いてしまいます。

(訳1-4) (?) System Monitor Toolでは、システムの動作状態など、意思決定に必要な情報がIT管理者に表示されます。

原文ではprovides IT administrators with ...となっており、表示内容を見るのはIT administratorsです。何のために表示するかといえば、IT administratorsがactionを起こせるようにするためです。このことから、actionの主体であるIT administratorsを「意思決定」にかけてよいことが分かります。

(訳1-5) System Monitor Toolには、システムの動作状態など、IT管理者の意思決定に必要な情報が表示されます。

actionableもprovideもきれいにさばけました。製品がビジネスの現場で威力を発揮することが強く印象づけられる訳文になっています。actionableを「すぐに使用可能な」と翻訳した場合 (下記) と比べてみてください。

(訳1-1') (?) System Monitor Toolは、IT管理者に、システムの動作状態とすぐに使用可能な情報を提供します。

冒頭の例文はactionableを切り出して2文に分けて翻訳することもできますが、今回はここまでにしておきます。

今回は係り先を調整したり (IT administratorsの係り先を変えました)、一歩踏み込んでactionableを「意思決定に必要な」と訳出したりと、逐語訳を超えた翻訳をしています。訳文の喉ごしがよくなりますが、このような翻訳は、思い込みたっぷりの誤訳と紙一重です。どこまで踏み込むか、微妙なさじ加減が求められます。

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