翻訳テクニック集 目次

haveは「……がある」?

名称を導入したり定義したりするcalledをどのように日本語に翻訳するか検討するときに、以下の例文を掲載しました。

(文1) The main window has a pane on the left containing directory trees called Tree View.

calledの日本語訳を検討するときにはcalled部分の訳しか考えませんでしたが、ここでは全体の訳を考えてみます。

haveをそのまま「……を持つ」としている訳文も見かけます。

(訳1-1) メイン ウィンドウは、ツリー ビューというディレクトリ ツリーを含む左側のペインを持ちます。

ここまでひどくなくても、以下のような訳文なら実際に見られます。

(訳1-2) メイン ウィンドウには、左側にツリー ビューと呼ばれるディレクトリ ツリーを含むペインがあります。

このような逐語訳 (直訳) は実際によく見られます。英文の意味は確かにこのとおりですし、誤訳でもありませんが、日本語として決して読みやすい訳文ではありません。この程度の長さであればまだ読んで理解できますが、少し文が長くなったり複雑になったりすると、目も当てられないほど訳文が崩れてしまうでしょう。

今回は、この逐語訳で妥協することなく、読みやすく分かりやすく翻訳する方法を検討していきます。

冒頭の英文はhave+目的語+分詞の構文と見ることもできますが、特別な構文と考えなくても、haveの最も基本的な意味から出発して翻訳することができます。

haveの最も基本的な意味は、持つことです。Merriam-Webster's Collegiate Dictionaryの定義を見ておきましょう。

have
vt
1 a: to hold or maintain as a possession, privilege, or entitlement <they 〜 a new car> <I 〜 my rights>
b: to hold in one's use, service, regard, or at one's disposal <the group will 〜 enough tickets for everyone> <we don't 〜 time to stay>
c: to hold, include, or contain as a part or whole <the car has power brakes> <April has 30 days>
(語義2以降は省略)

持つという意味から派生して、一部として含むことも表します (1c: to contain as a partの意味)。冒頭の英文ではhave (has) がこの意味で使われています。

修飾句containing...とcalled...を外して文の構造を単純化すると、以下のようになります。

(文2) The main window has a pane on the left.

まず、この文を日本語に翻訳してみましょう。

have (has) の意味は「一部として含む」ことでした。つまり、the main windowがその一部としてa paneを含むわけです。on the leftがmain windowの一部であることに着目して翻訳すると以下のようになります。

(訳2) メイン ウィンドウの左側にはペインがあります。

厳密にいえば、原文が指しているのは「メイン ウィンドウ内部の左側」です。上記のように「メイン ウィンドウの左側」と書くと、メイン ウィンドウの左隣、つまりメイン ウィンドウの外側とも解釈できてしまうので、あいまいさが残ります。ただし、既にメイン ウィンドウを取り上げてその説明をしようとしている文脈であれば、そこまで厳密に訳出する必要もなく、「メイン ウィンドウの左側」と翻訳して問題はありません (もちろん、厳密な訳文が要求される場合はこの限りではありません)。

さて、最初に示した英文 (文1) The main window has a pane on the left containing directory trees called Tree View. は、この単純化した文 (文2) The main window has a pane on the left. に修飾句containing...とcalled...が付いたと見ることができます。言い換えると、元の英文 (文1) は以下の3つの文が複合されて1つの文になっています。

(文2) The main window has a pane on the left.
(文3) The pane contains directory trees.
(文4) The pane is called Tree View.

残りの2文も日本語に翻訳しましょう。

(文3) The pane contains directory trees.
このペインはディレクトリ ツリーを含みます。
→ (訳3) このペインにはディレクトリ ツリーが表示されます。

(文4) The pane is called Tree View.
(訳4) このペインをツリー ビューといいます。

「含む」という言い方はしないので「表示される」に変更しています。また、呼ばれるという言い方もしないので「……という」と訳出しています。

これらの訳文を結合すれば、元の英文の日本語訳を得ることができます。

(訳2) メイン ウィンドウの左側にはペインがあります。
(訳3) このペインにはディレクトリ ツリーが表示されます。
(訳4) このペインをツリー ビューといいます。
 ↓
(訳1-3) メイン ウィンドウの左側にはペインがあり、ディレクトリ ツリーが表示されます。このペインをツリー ビューといいます。

ありがちな直訳 (訳1-2) と比べてみてください。

(訳1-2)(×) メイン ウィンドウには、左側にツリー ビューと呼ばれるディレクトリ ツリーを含むペインがあります。

圧倒的に訳文が読みやすく分かりやすくなっています。この例文はまだ短いので「ありがち」な直訳でも理解可能ですが、さらに文が長くなったり複雑になったりすると、訳1-2の翻訳方法ではパズルのように難解な訳文になってしまうでしょう。

係り受けを明確に

以上のように原文の記述順序に従って翻訳することで、読みやすく分かりやすい訳文を作ることができました。ただし、現状では「メイン ウィンドウの左側」がメイン ウィンドウ内部の左側を指すとも、メイン ウィンドウの左隣を指すとも解釈できます。このあいまいさを解消する道を探ってみましょう。

haveの基本的な意味は持つことですが、その意味から派生して、一部として含むことも表します (to contain as a partの意味)。a paneがthe main windowの一部として含まれるのですから、以下のように書くこともできます。

(訳1-5) メイン ウィンドウの左ペインにはディレクトリ ツリーが表示されます。このペインをツリー ビューといいます。

このように書けば、a paneがthe main windowに属することが明らかです。この訳文を読んでペインがメイン ウィンドウの左隣、つまりメイン ウィンドウの外側にあると解釈するには無理があります。

文脈によっては別の訳し方もできます。

(訳1-6) メイン ウィンドウでは左ペインにディレクトリ ツリーが表示されます。このペインをツリー ビューといいます。

この訳し方でも、a paneがthe main windowに属することが明らかです。前の文からのつながりによっては、このようにメイン ウィンドウを主題として取り立てて翻訳する方法が適しています。

結果としてhave (has) に対応する訳語は訳文の中に現れず、a paneとthe main windowの関係だけが訳文に残りました。haveは必ずしも「……がある」と翻訳すると限らないのです。

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