翻訳テクニック集 目次

see

seeは中学生でも知っている単語ですが、こんな使い方もあります。

Asia and Latin America have seen a similar decline in fertility: from 5.9 children per woman in 1950 to 2.5 at the start of the 21st century.

出典: U.S. National Institutes of Health Webサイト (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3987379/)

Merriam-Webster Online辞書でseeを引くと、以下のように説明されています。

1
a: to perceive by the eye
b: to perceive or detect as if by sight
2
a: to have experience of : undergo・see army service
b: to come to know : discover
c: to be the setting or time of・the last fifty years have seen a sweeping revolution in science ― Barry Commoner
(語義3以降は省略)

Merriam-Websterでは語義を古い順に記載しています。語義1は最も古く、基本的な意味です。冒頭の例文では語義2の意味でseeを使っています。おそらく、目の当たりにするところからseeを使うようになったのでしょう。主語が人であれば、この意味でseeが使われることも理解しやすいと思います。冒頭の例文では主語に地域の名称が来ていますが、国や地域は擬人化しやすいので、意味の広がりとして自然です。

さらに、その語義2aから発展して、語義2cでは時期を表す言葉が主語になっています。そのほか、seeの主語にapproach、plan、schemeなどが来る場合もあります。

冒頭の例文はどのように翻訳したらよいでしょうか。まずは、簡単にするためにコロンまでを抜き出して翻訳しましょう。

Asia and Latin America have seen a similar decline in fertility.

(訳1) アジアとラテンアメリカも同様の出生率の低下を見た。

(訳2) アジアとラテンアメリカでも同様の出生率の低下が見られた。

seeの訳語としてよく使われる「見る」をそのまま使えます。ただし、他動詞として「低下を見た」と翻訳するといかめしい印象になりますし、日本語で無生物を主語にすると違和感が強くなります。受け身にして「低下が見られた」と翻訳すると、その違和感を解消できます。

なお、similarと書かれていることから、この文より前でも出生率の低下に触れていることが分かります。そのため、助詞「も」を補って主語を「……でも」と訳出しています。

seeの解釈はこれでOKです。しかし、この訳2で完成としてよいでしょうか。

意味の核心がどこにあるか

着目すべきポイントは、無駄な言葉がないかどうかです。実は、seeは重要な意味を持っていません。冒頭の例文が伝えようとしている内容は、低下を「見た」ことではなく、「低下した」ことなのです。

今翻訳している範囲の中で重要な意味を担っている語句はAsia、Latin America、decline、fertilityです。このように重要な意味を担っている語句を、テクニカル ライティングでは情報語 (information word) といいます。

seeは情報語ではなく、脇役に過ぎません。原文 Asia and Latin America have seen a similar decline in fertility. は、seeを使わずに In Asia and Latin America, the fertility has similarly declined. と書いても同じことです。seeを使わなくても同じ意味の英文を書けるので、seeを明示的に訳出する必要はありません。後者の英文を翻訳すれば以下のようになります。

(訳3) アジアとラテンアメリカでも出生率が同様に低下した。

すっきりとした自然な日本語訳になりました。訳2では「……の……の……」と助詞「の」が連続していましたが、この点も回避できています。

それぞれの訳文を比較してみてください。

Asia and Latin America have seen a similar decline in fertility.

(訳1) アジアとラテンアメリカも同様の出生率の低下を見た。

(訳2) アジアとラテンアメリカでも同様の出生率の低下が見られた。

(訳3) アジアとラテンアメリカでも出生率が同様に低下した。

訳3が一番読みやすく分かりやすいことは明らかです。

重要な言葉と重要でない言葉を見分け、無駄な言葉を訳文で使わないようにすると、訳文が読みやすく、分かりやすくなります。

コロンの後も翻訳すれば、訳文が完成します。

(訳4) アジアとラテンアメリカでも出生率が同様に低下し、1950年に女性1人あたり5.9人であった出生数が21世紀初頭には2.5人になった。

連体修飾を連用修飾にしたら係り受けも再確認

訳文の語順に注意してください。あえて「同様に」を「出生率が」の後に置いています。「同様に」を前に出して (訳5) アジアとラテンアメリカでも同様に出生率が低下し、…… と翻訳すると自然な語順になるように感じますが、このように翻訳すると「アジアとラテンアメリカでも同様に」と読めてしまいます。つまり、訳文を読んだときに Asia and Latin America also have seen a decline in fertility. の意味に取られてしまう可能性が出てきます。原文はあくまでa similar declineであり、訳文を読んだときに「同様に」は「低下した」にかかると解釈してもらわなければなりません。この係り受けの問題を避けるために、あえて「同様に」を「出生率が」の後に置いています。ただし、前後の文脈から「アジアとラテンアメリカでも同様に」と解釈されても本質的な意味が損なわれない場合は、訳5のように翻訳して構いません。

名詞句の読みほどきは大変効果的な翻訳技術ですが、品詞を変える (原文の名詞を訳文で動詞にする) ので、うっかりすると、原文に存在しない係り受けが発生してしまうことがあります。十分に注意する必要があります。

翻訳テクニック集 目次

翻訳講座のご案内

翻訳のお問い合わせはこちら