翻訳テクニック集 目次

引用符とカギかっこ

英文で引用符が使われている場合は、日本語訳でも対応する部分をカギかっこや引用符を使って強調することが多いと思います。

He said, "This is not a trial."

彼は言った。「これは訓練ではない。」

注: ここではheを「彼」と翻訳しています。あくまで引用符の用例として、前後の文脈を提示していないので、この訳語のままにしておきます。

技術英文でもよく引用符が使われます。引用のために使われるほかに、特定の文字列を引用符で囲むことで前後の語句から切り離すこともあります。

The regular expression "ch.*cake" matches all strings that begin with "ch" and end with "cake" (such as "cheese cake" or "chocolate cake").

引用符の効果は、引用符がない場合と比較すれば歴然とします。

The regular expression ch.*cake matches all strings that begin with ch and end with cake (such as cheese cake or chocolate cake).

かなり分かりにくくなってしまいました。この場合、cake、cheese cake、chocolate cakeはそれぞれひとまとまりの文字列ですが、引用符がないと地の文に紛れてしまいます。

やはり引用符が必要です。

(再掲) The regular expression "ch.*cake" matches all strings that begin with "ch" and end with "cake" (such as "cheese cake" or "chocolate cake").

この英文を日本語に翻訳するときにはどう書くべきでしょうか。

引用符をそのまま使いたい人もいるかも知れませんが、 正規表現 "ch.*cake" は、"ch" で始まり "cake" で終わるすべての文字列 ("cheese cake" や "chocolate cake") に一致します。 基本的にこの種の一重引用符や二重引用符は日本語の句読記号ではありません [1]。訳文でもカギかっこを使うことにします。

引用符をすべてカギかっこに置き換えると、以下のような訳文が出来上がります。

正規表現「ch.*cake」は、「ch」で始まり「cake」で終わるすべての文字列 (「cheese cake」や「chocolate cake」) に一致します。

英文でひとまとめにされている箇所が、訳文でも明確にひとまとめになっています。

しかし、それにしても記号がやたらに並んでわずらわしいです。読んでいる途中でカギかっこに出くわすたびに文の流れが途切れ、思考まで途切れてしまいそうです。

そもそも、元の英文で引用符を使っていた理由は、例示した文字列が地の文に紛れないようにするためでした。例示の中で英字を使っているので (ch、cake、cheese cake、chocolate cake)、英語の場合はこれらの例示が地の文に紛れてしまうのです。

日本語の場合はどうでしょうか。

日本語は主にひらがな、カタカナ、漢字を使って書きます。英字を使うのは略語や固有名詞など特別な場合に限られます。ひらがなやカタカナと英字はかなり様子が異なるので、日本語の文を読んでいる途中で英字が出てくると、必然的にその部分が前後と切り離されて認識されます。

無意識のうちに英字が前後から切り離されるなら、上記の翻訳でも例示の文字列をわざわざカギかっこで囲む必要はありません。

正規表現ch.*cakeは、chで始まりcakeで終わるすべての文字列 (cheese cakeやchocolate cake) に一致します。

シンプルで読みやすい訳文になりました。

参考文献: [1] 文化庁: くぎり符号の使ひ方

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