翻訳テクニック集 目次

先入観を取り払う

人間は気をつけていても先入観にとらわれているものです。厄介なことに、自分ではなかなかそのことに気づきません。

文章を読む前から「この手の本はどうせこういうことを言っているんだろう」と決めつけて読む人がいます。少し文章を読みかけただけですぐに「この文章はこういうことを言っているんだ」と早合点する人もいます。文章の意味を決めつけてしまうと、文章をその決めつけの枠に当てはめながら読み進めることになり、結果として元の意味とまるで異なる解釈に行き着いてしまいます。

そこまでひどくなくても、文章を読むことに慣れていないと読解が浅くなりがちです。「木を見て森を見ず」の状態に陥り、見えなくなった森を、今見ている木から (無意識のうちに) 想像して埋め合わせるようになります。

母語の文を読む場合 (例えば日本語で育った人が日本語の文を読む場合) でも文意を決めつけながら読んでいく人が多いのですから、原文が母語でない場合 (例えば日本語で育った人が英語の文を読む場合) はなおさらです。

翻訳のときに先入観にとらわれると、誤訳を生んでしまいます。大変危険なことに、本人には原文の意味を誤って決めつけた自覚がありません。私は翻訳の仕事を始めて20年以上過ぎましたが、自覚がないまま原文を誤読しているのではないかと、今でもびくびくしています。

翻訳の初心者だけでなく、翻訳にちょっと慣れてきた人も要注意です。この段階の翻訳者は、いろいろと訳文を工夫してみたくなる「お年頃」。訳文を工夫することは悪いことではありませんが、生兵法は大ケガのもと。本人は「翻訳しにくい文章を見事にさばいた」と大満足ですが、とんでもない思い違いをしていることに気づきません。

文章を読みかけた時点で意味を決めつけてしまう癖は、学習や訓練によって直すことができます。もちろん、人間である以上、読解の誤りを完全になくすことはできませんが、少なく抑えることは可能です。

例えば、翻訳にはある程度のパターンやセオリーがありますから、その基礎的技術を身につけることで、翻訳のさまざまな側面に意識を向けられるようになります。テクニカルライティングなどの作文技術を学ぶと、文章が伝えようとしている本質を見抜く目を養うことができます。精読・速読・多読というアプローチもあります。

翻訳から先入観を取り除くにはさまざまなアプローチが可能ですが、中でも特に効果的な訓練があります。

それは、直訳すること。

特に、母語でない言語を母語に直訳する訓練が大変効果的です。

この訓練では、原文に忠実な直訳を作ります。自分を捨てて、原文に沿ってとにかく忠実に忠実に直訳します。意訳だの創意工夫だのは言語道断。ただひたすらに原文と一対一に対応する直訳を作り続けます。

毎日毎日大量の直訳を続けていると、やがて先入観を持つ癖が抜けていきます。急に視界がクリアになり、今まで自分が霧の中で翻訳していたことに気づきます。翻訳が自由になります。意訳の幅がぐっと広がり、原文を踏み外さずに大胆に冒険できるようになります。

本気で翻訳をモノにしたい人は取り組んでみてください。2年くらい続けると、見違えるほど翻訳が改善されます。

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