複数の訳語を使い分ける (訳し分ける) のが面倒だから、という理由で、翻訳会社が主導して元の英語をカタカナに置き換えるだけで済ませるケースもあります。
2016年のことですが、ソフトウェアのマニュアルでassembleが「アセンブルする」と翻訳されている事例を見かけました。
IT分野で「アセンブルする」と言われた場合にすぐに思い浮かぶ意味は、アセンブリ言語で書かれたコードを機械語 (マシン語) に変換するという意味です。ほかにIP通信では、分割 (フラグメンテーション) したIPパケットを結合して元のIPパケットに戻すことを「リアセンブル」といいます。
いずれにしてもアセンブルはかなり特殊な用語です。普段の生活でなじみがない言葉なので、いきなりアセンブルと言われても意味を想像するのは困難です。
ところが、くだんのマニュアルでは、製造原価や納品、顧客などの情報をassembleしてビジネス用の書類を作成するという文脈で「アセンブルする」としていました。そのような文脈でアセンブルと言われても何のことだか分かりません。この場合は情報を集めてまとめ上げるという意味で使われているので「収集する」「集約する」と翻訳すれば分かりやすかったはずです。
このソフトウェアでは、画面のメニューやメッセージでも「アセンブル」としているのでしょう。まだそのソフトウェアを使い始めて間もない人にとって「アセンブル」は覚えにくい単語です。なじみのないカタカナ語がメニューに並ぶ画面を見て、何をどうすべきか分からなくなることも多いでしょう。ずいぶん不親切な製品です。
どのような経緯で「アセンブル」と翻訳されたかは分かりません。翻訳の初期段階でまだassembleの意味がはっきり分からないときに暫定的に「アセンブル」と翻訳したものがそのまま引き継がれたとか、文脈に応じて訳し分けるのが煩雑だったとか、他のどの訳語とも異なる独特の用語を使うことで翻訳中の検索・置換を楽にしたかったとか、用語集にあった訳語を機械的に (適用分野を考えずに) 当てはめたとか、何らかの理由があるのでしょう。ただ、どのような理由にしろ、ユーザのためを思って選択された訳語でないことは確かです。
自分の都合を優先して翻訳してはいけないと改めて実感しました。