翻訳テクニック集 目次

helpは「役立つ」?

helpはとても基本的な動詞です。基本的な単語ゆえ、さまざまな場面で使用されます。主語は必ずしも人と限らず、物が主語になることもよくあります。技術系の文書では、機能が果たす役割について説明するとき、特に製品の機能を紹介するときにhelpがよく使われます。

An extra layer of protection
DNS over HTTPS (DoH) helps keep internet service providers from selling your data.

英文出典: Firefox for DesktopアプリケーションWebサイト (https://www.mozilla.org/en-US/firefox/new/) "Latest Firefox features", 2022年9月7日閲覧

helpは「役に立つ」「役立つ」と翻訳されることが多いようです。

辞書ではhelpの意味をどのように説明しているでしょうか。オンライン版のプログレッシブ英和中辞典 (第5版) でhelpを引くと、以下の語義が記載されています (help A (to) doという構文の語義のみを抜粋します)。

1a [他]
〔help (to) do〕〈物事が〉…するのに役立つ, 有効 [有益] である,〈物事を〉助長 [促進] する
〔help A (to) do〕A (人など) が…するのに役立つ

確かに「役立つ」と記載されていますし、この意味で間違いはありません。

冒頭の例文 (文1) を翻訳してみましょう。

(文1) DNS over HTTPS (DoH) helps keep internet service providers from selling your data.

(訳1-1) DNS over HTTPS (DoH) は、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売しないように防ぐのに役立ちます。

この文ではブラウザの機能について説明しています。 対象読者は一般ユーザなので、専門知識のない人に語りかける調子で翻訳してみました。

訳1-1は誤訳ではありませんが、文が長い印象があります。 文が長いと感じる理由は、 読者が「DNS over HTTPS (DoH) は」と読んだ段階では、 訳1-1が何について述べようとしているかがまだ不明確だからです。 読者は、その保留事項を頭の中に抱えたまま、文末の「役立ちます」まで読み進め、ここでようやく機能の説明であったことが判明して、意味の区切りがつきます。 文の長さが訳1-1の程度であればまだ理解できるでしょうが、文がもっと長くなると、読むのに一苦労することでしょう。

対照的に、英語では大変分かりやすい構造をしています。 書き出しがDNS over HTTPS (DoH) helpsとなっていて、これからDoHの効果について述べることが一目瞭然です。 読者は、この後に具体的な説明が来ると期待して読み進め、keep internet service providers from selling your dataが素直に頭に入ってきます。

文1の役割は、機能について説明することです。 機能の説明を日本人が最初から日本語で書くとしたら、どのように書くでしょうか。 多くの人は「……によって (を使用すると) ……できる」と書くことでしょう。 それが自然な発想です。 その発想にもとづいて訳1-1を書き換えてみましょう。

(訳1-1再掲) DNS over HTTPS (DoH) は、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売しないように防ぐのに役立ちます。

→(訳1-2) DNS over HTTPS (DoH) によって、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売するのを防ぐことができます

helpを「……できる」と翻訳しましたが、果たしてここまで踏み込んでよいのでしょうか。

helpは可能の意味で翻訳してよい

文1は契約書の文言ではありません。 どちらかというと、カタログの製品紹介に近い内容です。 とすると、いかに読者に長所をアピールするかがポイントです。 言葉の表面的な意味にとらわれずに、意味の本質を効果的に伝える必要があります。

helpの表面的な意味をくめば、DoHがkeep ... from selling ...をhelpすると述べているわけですが、機能をアピールしている以上、helpするだけでkeepが実現しない事態は考えられません。つまり、DoHによってkeep ... from selling ...を実現できると考えるのが自然です。

helpは可能の意味で翻訳してよいのです。

ただし、訳1-2はまだ製品のアピールとして長ったらしい印象があります。

(訳1-2再掲) DNS over HTTPS (DoH) によって、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売するのを防ぐことができます。

改善しましょう。

まず、長い訳語が目につきます。一般の人が日本語で「インターネット サービス プロバイダ」と言うことはほとんどありません。対象読者は一般ユーザですから、単に「プロバイダ」「ネット接続事業者」「通信会社」などとしましょう。

(訳1-3) DNS over HTTPS (DoH) によって、プロバイダがあなたのデータを販売するのを防ぐことができます。

これだけで訳文がかなりシンプルになります。

ここから、いよいよ本丸に切り込みます。

文の機能を明確にする

文1の役割は、機能について説明することでした。 先ほど指摘したように、訳1-1 (さらには訳1-2〜3) の問題点は、訳文をすべて読み終えるまで、何について述べようとしているかが不明確なままであることでした。

つまり、機能の説明であることがすぐに分かれば、訳文が読みやすく分かりやすくなるわけです。

英文ではhelpという動詞によって機能の説明であることがすぐに分かりますが、日本語訳の文頭にhelpの訳を置くわけにはいかないので、工夫が必要です。

1つの翻訳方法として、helpの位置でいったん文を切って、機能の説明であることを明示する方法があります。

(訳1-4) DNS over HTTPS (DoH) に対応。プロバイダにあなたのデータを販売させません。

日本語でことさらに「あなた」ということはあまりないので、この表現を書き換えることもできます。

(訳1-5) DNS over HTTPS (DoH) に対応。プロバイダに個人的データを販売させません。

別の翻訳方法として、具体的な効果を先に述べてしまう方法もあります。文1を再掲します。

(文1再掲) DNS over HTTPS (DoH) helps keep internet service providers from selling your data.

この文でアピールしたい機能は何でしょうか。

your dataをkeepできることです。

その点を文の書き出しでアピールするのです。

(訳1-6) DNS over HTTPS (DoH) で個人的データを保護。プロバイダによる販売を防ぎます。

文1は法律や契約書の条文でもなければ、特許明細書でもありません。「……によって」もシンプルに「……で」としました。

訳文の違いを比較してみてください。

(文1) DNS over HTTPS (DoH) helps keep internet service providers from selling your data.

(訳1-1) DNS over HTTPS (DoH) は、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売しないように防ぐのに役立ちます。

(訳1-2) DNS over HTTPS (DoH) によって、インターネット サービス プロバイダがあなたのデータを販売するのを防ぐことができます。

(訳1-3) DNS over HTTPS (DoH) によって、プロバイダがあなたのデータを販売するのを防ぐことができます。

(訳1-4) DNS over HTTPS (DoH) に対応。プロバイダにあなたのデータを販売させません。

(訳1-5) DNS over HTTPS (DoH) に対応。プロバイダに個人的データを販売させません。

(訳1-6) DNS over HTTPS (DoH) で個人的データを保護。プロバイダによる販売を防ぎます。

もちろん、表現はいろいろ考えることができます。 いろいろな表現が考えられますが、考え方のポイントは、helpの表面的な意味にとらわれないことです。

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