differentもIT系の技術文書でよく使われる単語です。技術文書に出てくる場合も、differentに何か特別な意味があるわけではなく、他のものと違うことを表します。
eachと組み合わせて使われることも多いです。
(文2) Each notification can be handled with a different message code.
異なるメッセージ コードを使用してそれぞれの通知を処理することができます。
differentの意味そのものは難しくないのですが、日本語に翻訳するときには注意が必要です。
いきなり「異なるメッセージ コード」と言われても、何と異なるのか分かりません。元の英文ではeach notification ... a different message codeという語順になっていて、何と何についてdifferentと述べているかが明確ですが、上記の訳文では「それぞれの通知」を後に置いたために、何と何が異なるかが不明確になっています。
日本語では長い語句を前に置くほうが意味を理解しやすくなりますが、原文と異なる語順で訳出する場合は、説明の順序が前後しないように十分な注意が必要です。原文の語順に合わせて翻訳すると、以下のようになります。
言いたいことは分かりますし、当初よりも改善されましたが、まだピンときません。
英文の流れは
上記の英文を翻訳するときに忘れてならないことは、原文で複数のnotificationを想定していることです。読者は、Each notificationまで読んだところで複数のnotificationを思い浮かべ、そのそれぞれについてdifferentであるという説明を読むわけです。
- 複数のものを想定し
- そのそれぞれについて比較する
この流れを日本語訳にも反映させる必要があります。
日本語で複数のものを想定してそのそれぞれについて述べるなら「……ごとに」がぴったりです。
これならすんなりと理解できます。
これで翻訳が決着しました。
この訳文で十分に意味を理解できますし、問題はありません。ただし、もっとこなれた日本語訳に落とし込むこともできます。
動詞を使うと日本語らしくなる
この訳文では 異なる → [メッセージ コード] と連体修飾しています。これは、原文で形容詞differentがmessage codeを修飾していること different → [message code] を反映しています。
しかし、原文で形容詞が使われているからといって日本語訳でも連体修飾にしなければならないわけではありません。連体修飾から離れて翻訳することもできます。
日本語で複数のものを想定し、そのそれぞれについて違う手段をとる場合は「……(し) 分ける」がぴったりです。
こちらのほうが意味が分かりやすく、日本語らしいです。
別の例
文1のdifferentも「違う」ことを意味しています。文1を再掲します。
日本語に翻訳すると以下のようになるでしょう。
この訳文で問題ありませんが、別の訳し方をすることもできます。
differentは「違う」ことを意味していますが、その意味から発展して除外を意味していると考えることができます。そう考えると以下のように翻訳できます。
最初にハブ サーバにインストールする場合について説明した後、別のサーバへのインストールについて説明する場合は、この訳し方がぴったりです。
この考え方は「……以外の」を英語に翻訳するときにも応用できます。「……以外の」とくるとother than ...が頭に浮かびますが、different from ...でもよいわけです。
よく使われる別の意味
別の例でdifferentをさらに掘り下げていきましょう。まずは例文を。
(文3) The tabs at the top of the window correspond to the different sections of a definition file.
(訳3-1) ウィンドウ上部のタブは、定義ファイルの異なるセクションに対応しています。
ちょっと違います。英単語を辞書の訳語に置き換えただけで、原文の意味が訳文に正確に反映されていません。
確かにdifferentは「違う」ことを表しますが、differentの意味はそこから発展してさらに広がっています。
手元のリーダーズ英和辞典でdifferentを引くと、以下のように説明されています (用例は省略)。
different
-a
1 違う, 異なる, 別の; 同じでない〈from another〉
2 種々の (various)
3 《米》一風変わった, 特別な (unusual)
「違う」という意味から発展して「種々の」という意味に広がっています。この意味の場合、たいていはdifferentが名詞の複数形を修飾しています。
Merriam-Webster's Collegiate Dictionaryも見ておきましょう。
different
adj
1: partly or totally unlike in nature, form, or quality: DISSIMILAR (注: 用例は省略)
2: not the same: as
a: DISTINCT <〜 age groups>
b: VARIOUS <〜 members of the class>
c: ANOTHER <switched to a 〜 TV program>
3: UNUSUAL, SPEICAL (注: 用例は省略)
注: 辞書では同意語の相互参照 (synonymous cross-reference) が小型の大文字 (small capital) で書かれていますが、ここでは大文字で表記しました。
Merriam-Webster'sでも語義にvariousが出ています。リーダーズとMerriam-Webster'sで語義の分類が違う理由は、リーダーズでは語義が似たものをひとまとめにしているのに対して、Merriam-Webster'sでは古い順に配列しているためでしょう。
いずれにしても、このようなdifferentの使い方はよく見かけます。
differentの訳を修正して意味が通るようになりました。誤訳ではありませんし、逐語訳 (直訳) としてはこれでOKです。ただし、翻訳の研究としてもう少し追い込んでみましょう。
複数あることを訳文で明示する
原文では以下の事柄について述べています。
- ウィンドウの上部にtabsがあること。
- 定義ファイルに各種のsectionsがあること。
- tabsがsectionsに対応していること。
上記の訳3-2では、複数のタブがあることが訳文に明示されていません。全体を読めばセクションが複数あるのでタブも複数あることが分かりますが、あくまでその程度です。
翻訳の研究として、タブが複数あることを訳文に明示してみましょう。
複数のタブがあることを示すために使える表現はいくつもあります。ここでは対応関係について述べているので、複数あるうちの1つ1つにスポットを当てるのがよいでしょう。
タブが複数あることが訳文に反映されました。
「各……各種……」という繰り返し感が耳ざわりでしょうか。技術翻訳では正確な訳出が要求されることが多く、語感より厳密さを重視します。下手にいじり回して誤訳を作るより、無難な線で決着させるほうが安全です。
ただしここでは、この訳文で満足することなく、翻訳の研究として語感も追求してみましょう。
訳3-3では「各……各種……」と同じ音が繰り返されています。この繰り返しを耳ざわりに感じる人がいるかもしれません。この繰り返し感を解消しましょう。当初の翻訳からずいぶんハードルが上がりました。ローカライズでここまで要求されることはありませんが、翻訳の研究として語感も追求することにします。
「各」を別の表現に置き換えてみましょう。
妙な感じがします。「それぞれ」と個別のタブに触れておきながら「各種」と具体性のない漠然とした記述になっています。
タブとセクションの対応関係が一対一であれば「各……各……」の繰り返しで対応関係を強調することができます。
しかし、タブとセクションの対応関係は一対一に限りません。複数のセクションをひとまとめにして1つのタブに割り当てているかもしれませんし (一対多)、1つのセクションが関連する複数のタブに割り当てられているかもしれませんし (多対一)、その両方かもしれません (多対多)。原文ではこのことに触れていないので、翻訳者が対応関係を決めつけてしまうと誤訳になりかねません。対応関係に踏み込まずにタブが複数あることを表現する必要があります。
混乱したら出発点に戻る
原文に立ち返りましょう。原文では以下の事柄について述べていました。
- ウィンドウの上部にtabsがあること。
- 定義ファイルに各種のsectionsがあること。
- tabsがsectionsに対応していること。
2番目と3番目の項目は、differentの訳を修正したとき (訳3-2) に既に反映されています。今回訳文に反映させたいのは最初の項目です。これらの3項目を無理にひとまとめにせずに、最初の項目を独立させれば、すんなりと書けます。
タブが並んでいるのですから、タブが1つでないことは明らかです。このような形で英語の複数形を日本語訳に反映させる方法もあります。